叔母の感謝はどこへ?法が奪った最期の贈り物
2024年11月05日 16:58
財産をある特定の人に贈与又は遺贈していたため、相続発生後に他の相続人が遺留分侵害を主張し、トラブルに発展するケースがあります。
遺留分とは、被相続人の遺産を最低限取得できる権利で、民法で定められています。被相続人の意思とは関係なく、一定の割合の金額を相続人が取得することができます。
人生の最後に誰かへ感謝を伝え、そっと何かを託したい――そんな想いが叶わないことがあります。『遺留分』という法律の枠組みは、故人が残したかった心の贈り物に、時に重くのしかかる。相続における遺留分は、血縁者への最低限の取り分を保証するものですが、それが届く先が、長く疎遠だった家族だった場合、その取り分が持つ意味は変わってきます。果たして遺留分は、故人の最後の意思とどう折り合いをつけるのか――今回は、そんな遺留分の現実と向き合う物語です。
「叔母の感謝はどこへ?法が奪った最期の贈り物」
玲子さんは晩年、家族と疎遠になっていました。娘が二人いましたが、それぞれ家庭を持ち、忙しい日々の中で足が遠のき、連絡もなくなっていきました。娘二人とは長らく音信不通になり、彼女が年齢と共に体力が衰え始めた頃、支えとなったのは娘たちではなく、姪の沙織さんでした。沙織さんは若い頃から玲子さんを「おばちゃん」と慕い、何かと頼りにされることも多かったのです。
玲子さんが体調を崩したとき、真っ先に駆けつけたのは沙織さんでした。通院の付き添い、掃除や買い物、玲子さんの身の回りの世話を欠かさず行い、毎週末には必ず訪れては家の手入れも手伝ってくれました。玲子さんはそんな沙織さんに「本当に感謝している」と、いつも感慨深そうに話していました。
玲子さんは晩年、経済的に決して豊かではありませんでした。持病の治療費や生活費で貯金もほとんど残っていません。それでも、身の回りの世話をしてくれた沙織さんに何かお礼がしたいと心から願っていました。玲子さんが沙織さんの存在にどれだけ励まされ、支えられてきたか――彼女にとって沙織さんは家族以上に大切な存在だったのです。
玲子さんが亡くなる10か月ほど前、彼女は沙織さんに、自分の唯一の財産である「駐車場として運用している土地」を譲りたいと考えました。「私にはお金はないけど、せめてこの土地だけでも沙織にあげて、少しでも役立ててもらえたら…」そんな思いから、玲子さんは所有していた土地を沙織さんに贈与することを決心しました。土地をどう使うかは沙織さんの自由でいい。ただ、売却すれば生活の助けにもなるだろうし、沙織さんの将来の安心材料にしてもらえたらと、心から願っていました。
土地を譲る手続きを終えたとき、玲子さんは少しほっとした表情を浮かべました。「沙織がこれからも幸せに暮らせますように…」と静かに願い、彼女は最後の日々を穏やかに過ごしました。贈るものは少なくても、玲子さんにとってそれは、沙織さんへの感謝と愛情を込めた精一杯の贈り物だったのです。そして、土地の贈与手続きから程なくして玲子さんはお亡くなりになりました。
※贈与には贈与税がかかります。
玲子さんが亡くなった後、沙織さんはその土地を売却することにしました。玲子さんが「少しでも生活の助けに」と思いを込めて託してくれた土地でした。土地を売ることに後ろめたい気持ちもありましたが、沙織さん自身も決して余裕のある生活ではありません。「おばちゃんがきっと背中を押してくれるはず」と自分に言い聞かせ、土地を売却し、売却益を得れば、おばちゃんが望んでいたように少しは自分の将来の安心材料になるだろうとも思いました。
※不動産の売却にも税金が課税されます。不動産譲渡所得税(今回のケースだと売却益の約20%)
売却手続きを終え、やっと肩の荷が下りたと思ったのも束の間、状況は一変します。
ある日、自宅のポストに見慣れない封筒が届きました。開封してみると、そこには「遺留分侵害額請求」の文字が並び、書面には「二人の娘に支払う義務がある」と書かれていました。請求額を見て、沙織さんは血の気が引くような感覚に襲われました。玲子さんが亡くなってまだ半年も経っていないのに、娘たちが法的手段を通じて彼女に遺産を求めてきたという事実が、心に重くのしかかりました。
その後も、弁護士からの通知や請求が次々と沙織さんのもとに届きました。請求額だけでなく、法的な専門用語や警告文の数々が彼女の心をざわつかせ、書面を見るたびにどこか冷たく突き放されたような気持ちになるのです。毎日、ポストを覗くたびに「また通知が来ているかもしれない」と胸が締め付けられるような不安に駆られ、少しでも封筒の厚みを感じると、心臓が高鳴って息が詰まるようでした。
「おばちゃんは私を信頼してくれていたのに…どうしてこんなに苦しまなければならないの?」と何度も思いました。玲子さんが贈ってくれた土地は今や、贈与税、譲渡所得税、遺留分請求に加え、弁護士費用の負担まで重なり、彼女にとって何もかもが重荷になりつつありました。
※このケースでは遺産全体の1/2(半分)が遺留分になります。
ある夜、沙織さんは一人部屋で封筒を見つめ、涙が溢れてきました。玲子さんが遺してくれたはずの感謝と信頼が、今は自分を押しつぶすような苦しみに変わってしまっているようで、あまりにも切なかったのです。「おばちゃんは私に苦しみを残そうなんて、思ってなかったはずなのに…」と心で何度も繰り返しましたが、封筒を開けるたびに押し寄せる冷たい現実は、彼女のその思いを少しずつ削っていくのでした。
結果的に沙織さんは、玲子さんから受けた贈与に対して多額の贈与税を納め、さらに土地を売った売却益に対して譲渡所得税(売却益の約20%)も支払いました。それだけでも大きな負担でしたが、さらに娘たちからの遺留分請求に応じるための支払い、弁護士費用も含め、玲子さんから譲られた土地は、いつの間にか沙織さんの手元からほとんど消え、むしろ大きな負担だけが残ることになりました。
娘たちにとっては法的な権利の主張だったかもしれませんが、沙織さんにとっては「おばちゃんが託してくれた気持ち」でした。玲子さんの愛情が残されたはずの土地が、複雑な制度と疎遠だった家族の権利主張によって、沙織さんのもとから失われていく。その現実が、玲子さんの温かな思い出に影を落とす結果となりました。
ーまとめー
このようなケースでは玲子さんが亡くなる前に、遺留分を考慮した相続計画や財産管理を専門家と相談しておくことが、大きな助けとなったでしょう。遺言書、生命保険の活用、生前贈与のタイミングなど有効な準備を進めることで、故人の感謝をそのまま受け取ることができ、負担を減らすことも可能です。このような準備は、故人の遺志を守るだけでなく、残された家族にとっても安心できる道を作る手助けとなります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
相続・不動産の相談窓口 合同会社エボルバ沖縄 棚原 良太